本拠点は、「グローバルな次元におけるコンフリクト」という問題について実践的研究を推進し優秀な人材を育成する。このため、人文科学の諸分野ばかりでなく、社会科学の一部分野を連結し協働することが必要である。中心となるのは人類学の諸分野(文化人類学、政治人類学、社会人類学、経済人類学、医療人類学)である。これに、言語学(社会言語学、言語接触論、言語類型論、歴史言語学)、哲学(とくに臨床哲学)、芸術学(とくに越境美術論)が中心的な役割を果たす。
グローバルな問題についてさらに広い基礎的展望を得るために、歴史学(植民地史)、社会思想史、社会学(グローバル研究)、科学技術社会論、現代文明学、文学(越境文学)が加わる。このほか、グローバルな取り組みにおける実践的分野として、国際協力学、多文化教育学、臨床教育学、人間開発学、地域共生論、人間の安全保障論を加えている。グローバルなコンフリクトという問題は、単に研究されるべき対象ではなく、研究と実践的取組みとの間に常に相互のフィードバックが形成されるべきである。
以上にあげた分野は多彩である一方、「グローバルな次元におけるコンフリクト」というテーマのもとに緊密に収斂している。
本プログラムは、大阪大学21世紀COEプログラム「インターフェイスの人文学」の成果に基づいて、大阪大学に「コンフリクトの人文学」の国際的な研究教育拠点を形成することを目的とする。この目的のために、前項で述べた人類学、言語学、哲学などを中心とし、歴史学や社会学ほかの基礎的分野に加えて国際協力学、人間開発学、教育学、人間の安全保障論等の実践的分野が協働して、研究教育を推進する体制を構築する。
社会的・文化的・民族的な対立と対抗関係の問題を分析し、その問題になんらかのかたちで対処することは、現代のグローバル世界における最も緊要な課題の一つである。東西の冷戦構造が崩壊した1990年代以降、この課題は先鋭化すると同時に質的にも変化した。国家間、ブロック間、あるいは大イデオロギー間の比較的わかりやすい政治対立の図式から、きわめて多数の社会的・文化的・民族的集団が互いに複雑に絡まりあい、そこでは集団自身が急速に変化していくような流動的状況が生まれる中で、文化的、宗教的、社会的、経済的なレベルを含む様々な対立が様々に生起している。このように複雑化し流動化する対立の状況を理解するためには、現地調査に基
づく綿密な、あるいは「厚い」(thick)現実理解が必須であり、そのような対立を減じる方策があるとすれば、それはそのような理解を前提としなければならない。これが、クリフォード・ギアツの解釈人類学が教えるところである。
国家や社会や文化など、グローバル社会を構成する部分要素が相互の関係を緊密化したことにより、そうした関係の実態を研究者が分析することさえ困難であるような状況がもたらされている。そこに生起するコンフリクトの質も変化した。従来よく知られてきた政治的軍事的コンフリクトや経済利害をめぐるコンフリクトばかりでなく、それらに加えて、民族的あるいはエスニックなコンフリクト、言語を基盤とするコンフリクト、芸術の所有や越境やアイデンティティに関するコンフリクト、各種イデオロギーのコンフリクト、宗教的信仰や実践に由来するコンフリクト、歴史あるいは歴史理解をめぐるコンフリクトなどが、現代世界の最前面でますます目立つようになっている。つまり「価値」をめぐるコンフリクトである。
この種のコンフリクトを理解し、それに対処する現実的方策を考えるためには、社会科学的あるいは政治経済的なアプローチに加えて、人文科学的なアプローチによる研究が必要であることが明らかになりつつある。そうした研究を展開できる拠点を、国際的な協力体制のもとに構築することが、本グローバルCOEプログラムの目的である。
本拠点の研究上のアプローチは以下のような特徴を持つ。
1.対立とコンフリクトの状況について個々の事例ごとに現実を経験的かつダイナミックに把握する。
2.個別に生きる人びとの視点と実践を現在進行形の中で臨床的に捉える。そのためにフィールドワークに基づいて資料収集をはかる。
3.そうした資料に基づいて、分析のための概念装置の洗練と理論構築を進める。その際個別の学問分野に閉じることなく、関係しうる学問分野を広くリベラルに展望する。
4.概念化と理論化は、欧米中心主義的な「歴史の終焉」や「文明の衝突」などに還元するのではなく、新しい枠組みによる。そうした枠組みを求めて、欧米や欧米外の研究者を含む国際的な協働を実現する。
5.そのような協働に基づいて、問題への実践的取り組み(対立やコンフリクトの解消ではなく軽減に向かうような現実的な取り組み)を、理解と対話の中に目指す。
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